BELLUM/YUKARI OBANA

作詞・作曲・編曲・プログラミング・エンジニアリング・ボーカルすべてを一人で担当し楽曲制作を手掛けるBELLUM(ベラム)/尾花由佳理。 DTMを学んだことで音楽活動の幅が広がった経験や、ボーカルについてのお話、その他お知らせなどを書いていきます。

BELLUM/YUKARI OBANA

SoundCreater&Vocalist

作詞・作曲・編曲・プログラミング・エンジニアリング・ボーカルすべてを一人で担当し楽曲制作を手掛けるBELLUM(ベラム)/尾花由佳理。
DTMを学んだことで音楽活動の幅が広がった経験や、ボーカルについてのお話、その他お知らせなどを書いていきます。

「自信がない」の尾花ベラム流対処法の話

レッスンである生徒さんから相談されたのですが、

「音楽好きだし、楽しみたいし、人前でも歌いたいけれど、自分の歌に自信がない」と。

これ過去の自分にも思い当たる節があって、

私なりに一生懸命どうするのがいいか、自分の考えを伝えました。

同じことに悩んでいる生徒さんはきっと多いと思うので、

正しいかとか参考になるかはさておき、ここで私の考えをシェアしてみます。

 

私は今でこそ自信ある人と思われがちですが

(よう喋るし、そこそこ目立つし、自己顕示欲強いし笑)

本来自信のないタイプの人間です。

音楽に限らず、見た目とか性格とかあらゆる面で自己肯定感が低いというか。

特に中高時代はクラスでも地味な方だったし、

学校も途中で不登校になり、バイトもしたもののあまり続かず😹

自分なんてアカンやつ、という気持ちが強かったです。控えめに言って陰キャラでした。

音楽を本気ではじめてからも、

自分よりはるかに華があって歌が上手く、フロントに立つに値するボーカリストはたくさんいたし、

自分の歌もキャラクターも全然好きでなかった。

ですが、今はこうやって活動する上で、ある一定の自信をつけることができたかな、と思っています。

 

私がある程度の自信を得るためにしてきたことは

①自信があるであろう人たちの振る舞いを真似する

②自分をよく知り、とにかく『自分に慣れる』

③失敗例から伸び幅や伸びる可能性のある要素を検証する

かな、と思います。

 

①に関してですが、

例えば歌に自信がなくても、自信を持って活動している人たちの振る舞いを真似して、

とにかく形からでいいから「自信があります!」というアピールをたくさんの人にする。

一番良くないのは「私、自信ないんです、ご容赦ください」というアピールをして、

「ふーん、あの子、自信のない子なんだな」と思われてしまうこと。

「自分はダメだ」という思い込みが、まわりの人に伝わって、

まわりの視線や声を通して自分自身に返ってくる場合があります。

そんでまた再認識してしまうのだ。

「あ!私、自分に自信がないんだ、ダメなやつなんだ〜」と。

そして、最大限に自信のなさに拍車かけてしまう……😿

歌が上手いかどうかなんてこの際どうでもええねん。

といっても実際問題上手いかどうか不安な歌を「上手いだろ!!」とハッタリかますのでもなく。

私は自分を信じて音楽を選択をしています、歌うことを選んでいます、という気持ちで振舞って、

まわりの人にその思いをちゃんと理解してもらえば、

その自信を尊重してくれるケースが多いと思います。

そこから本当の自信をつける工程がスタートするんじゃないかな〜。

 

②に関してですが、自信つけたいとき、「自分に慣れる」これが一番肝心かなと思っています。

自分の存在って自分が一番客観的に見れないわけで、

自分が一番自分に慣れていない、といえるんじゃないかと。

慣れないものを愛せるわけがないと思うんんですよ。

例えば自分の歌が嫌なら、逆に録音して、もうしつこいくらいエンドレスリピートして聴くべき。

見た目が嫌なら、いっぱい自分の写真撮って部屋中に貼るべきかも。

性格が嫌なら逆に色んな人と関わったり、親しい人とがっつり話し込んで、自分の性格をあぶり出してもいいのでは。

自分に慣れてくると、最初は悪いとこばっかり!と思ってた自分の、

改めて聴いてみたり見てみると結構いいじゃん、という部分をはじめて冷静に判断できると思います。

 

③ですが、仮にいざ!という時なんらかの失敗をしてしまったとして……、

というか多分大概の場合失敗すると思います。

最初のうちは100点満点中50点もとれないでしょうが、

50点しかとれなかったことに注目するのは時間の無駄で、

次はあと50点もとれる可能性がある……ということに着目すべき。

もし次50点とりかえせたら、すごくない?みんな絶対びっくりするよな。

自分のこと、大したことねーなーと思ってるやつもバッチバチに見返せる。

やったろやないかい!!と考える方が絶対いい。楽しいし。

そして50点の伸び幅を検証していくために、目標を仮定したり、

新たなことを学んだり実践したりしていく。

この50点の伸び幅は いざ!という瞬間にチャレンジしなければ、そもそも発見できないもの。

やから失敗したら儲けもん、次見とれよ!一泡吹かせたるからな!!の精神が大事かなと思います。

ま、言葉にしたら簡単やけど、それが難しいんやけど……、

こういう精神になるためにも、まずは自分に慣れるステップが外せないんじゃないでしょうか。

 

あくまで尾花の場合ですが、一定の自信を得るために通ってきた道でした。

そんな私も齢30にして未だにアタシなんて……😿と涙で枕を濡らす夜もございます。全然ある笑

でも自信って揺らぐものだし、揺らぎがちな自信を繋ぎとめて、

新たに築き上げながら必死に頑張ってる自分や生徒さんのことをとっても素敵だと思っております。

それだけでも本来十分だと思っております。生きてるだけで丸儲けつって。

 

私のレッスンを通して、生徒さんが少しずつ自信を築き上げていってくれたら嬉しい。

明日もそのお手伝いを私も全力で頑張ります✊

自分にとって歌うことってなんなのか

ちょびっとお久しぶりであります。ベラムです。

昨日、講師を務める音楽教室CREA MUSIC HIRANOの講師陣で結成したQreptというアコースティックユニットで演奏した「春よ、来い」のカバー動画を公開しました。


春よ、来い/松任谷由実(Coverd by Qrept)【大阪市平野区の音楽教室 CREA MUSIC HIRANO-クレアミュージック平野】

1アーティストとして、自分の歌や芸術表現に関してわざわざ言葉で説明したり、触れることはあまりいいことではない気もするんですが、

今日はあえてそういうナンセンスなことをしてみたいと思います。

 

私は昔「ステージに立って一人で歌を歌う」ということに対してナーバスな印象を抱いていました。要因はいくつかありますが主にこの二つ!

・自分はメインボーカルとしてのインパクトを備えていないと思っていた

・わざわざ一人で歌うほど印象的で特殊な歌声を持っていないと思っていた

まわりには煌びやかで印象的な歌声を持った人がたくさんいたし、それに比べて私は「惹きつけるなにかが足りないボーカリスト」だという認識がありました。

 

アカペラというジャンルでボーカリストで集まって歌っていると往々にして「もっとインパクトがほしい」「迫力が欲しい」といわれることがあります。

当時はみんな若くて、パワフルな歌声で洋楽を歌うようなグループに憧れを抱く傾向がありましたし、パワフルさに限らず目新しいオシャレ感だったり、アカペラをやっている間は正直そういう「1秒2秒で誰かを惹きつけるインパクト」のことばかりとにかく考えていました。

映画みたいに聞いた瞬間に開いた口がしまらなくなるような演奏がしたい、みたいな……正直アカペラ時代はそういう憧れに振り回され続けていたように思います。

 

なんですが、アカペラ以外のスタイルで演奏をはじめ、講師として指導もはじめ、たくさんのプロやアマチュアの方と出会う中で、意識が大きく変わりました。

これは数年前からずっと言っていることですが

「別に私が歌う必要のない歌を歌おうとしなくていい」と思えるようになったという感じです。

 

「パワフルな、あるいはおしゃれな、それに限らずインパクトの強いボーカリストへの憧れ」というのはそもそも「私が持っていない、触れてこなかった種類のものだから」「インパクト」を感じて憧れになっているわけで、

私がそういうパワフルなボーカリストたちを聴いて育って、それを日々心地いいと思って聞いていたかっていうと違うんだよなと。

例えばパワフルな歌は、パワフルな歌が体中に染み渡るほど聴き歌い続けてきた人が歌ったらいいし、私が歌う必要がどこにあるんだ、と気づいたというか。

こりゃある意味、諦めでもありますが笑

 

諦めてから、そしてもう一つ、自分で自分の作品を最初から最後まで作りきる、という経験を通して歌への向き合い方が変わりました。

自分がこれまで本当に心から美しいと思った歌はどんなものか。新鮮さから憧れを抱いたのではなくて、自分の血液の中に流れているような芸術はなんなのか。

 

 

今はっきりと歌を歌う上で大事にしているといえることがあります。

・清潔に歌う

・日本語を丁寧に歌う

・1音、1文字を決して歌い飛ばさないように心がける

この3つです。

 

清潔に歌う、というのは過剰な自意識からくる不必要な表現や個性の押し付けをしない、ということです。「私ってこんな風にも歌えるんだよ、うまいでしょ、かっこいいでしょ」という自意識からくる表現をできるだけ削ぐ、ということです。

 

日本語を丁寧に歌う、これは誰が聞いても正しい歌詞を聞き取れるような、日本語の響きを大切にした美しい発音で歌うということです。

 

歌い飛ばさない、というのは強弱などに関わらず、旋律や歌詞の隅々まで意識を行き届かせて、意図した表現を完遂する、ということです。歌い捨てない。意図のない歌を歌わない。意図のない表現をしない。

 

もちろん完全にできているわけでは全然ないし、調子いい時も悪い時もあるし、どこまでも修行中の身。

いやいや、お前講師とか言うてるけどなにを偉そうに、まだまだやんけ、もっと練習せい!というような意見も聞こえてきそうなものですが笑

現時点でこの三つは自分の歌のアイデンティティーだと思っています。

 

自分にとって「歌」ってなんだろう、と「春よ、来い」を歌いながら考えました。

もしかしたら音楽を通して自分が見えてる景色を、歌を通して他の人にも共有できるよう歌っているのかなあ、と思います。

結局じょうずな歌なんて材料でしかなくて、どこまでも自分の問題なんだよな。

自分の中をのぞいた時にどれだけの景色がつまっているかなんだよな。

別にそれは年齢とか経験値だけに裏付けられるものではなくて(そういう要素は大いにあるけど)、一つの事柄に対してもどれだけ色んな側面から心を動かしてきたかっていうことなんだよな。

でもこれ「自己表現」…っていうわけでもないな。

私を知ってほしいんじゃないんだよな。

なんかこの言葉とは大きな隔たりがあるよな。

 

私を知って、見て、聴いて!という歌は私はどっちかってーと嫌いだ。

 

私に今見えているあの景色を、君にも見てもらえるといいな、見えますように、

という歌が好きだ。

そのためにはもっとたくさんの景色が詳細に鮮明に心にうつらなきゃいけないし、

それを誰かに見てほしいと思ったら芯の芯から真摯でなきゃいけない。

そういうことだなってやっと腑に落ちた気がしました。

 

歌う事は楽しいです。奥が深くて、たまに迷路だし、ストレス発散どころかストレス蓄積することもあるけれど笑

ずっと歌い続けられたらいいな、と改めて思うのでした。

 

あー久々のポエムモード。ナンセンスの極みでしたが、まあ意味のないことでもなかろうと思って投稿いたしますわね。

2019年の自分自身との取り決め

30歳をむかえ、改めて自分自身をクリエイトしようとするというのは大事な姿勢だなあと思うようになりました。

人生や、仕事や、自己実現に対してクリエイティブであるために、自分の中で今年のお約束を決めました。あくまでも仮説というか、変更や更新、ブラッシュアップも方向転換もありのお約束です。

◾️誰かになろうとしない

いろんな人からいろんなエッセンスかきあつめて自分を作る、そういう模倣は大事だと思うんですが、神様みたいな、理想形みたいなものを決めつけてしまうのはよそうと思います。身近な人に対するいきすぎた憧れとか、よくないなと。自分以外の誰かを目指すのではなく、かといって想像の中の自分探しをするんでもなく、学んで、組み合わせて、実践して、振り返って、トライアンドエラーで自分をデザインしていくみたいな必要があるなと。自分の頭で考えて、自分のピタッとくる自分を模索する。

◾️頭(心)と体のバランス

学びの中に身体的な要素をもっと取り入れたいなと思っています。感情や思考の重みが私の場合偏りすぎいて、体がついていかない、ということが多い。例えば「動きたい」という思いや考えと、「動けない」という体の矛盾があったりする。これまで頭の方に重きを置いてきたせいで、ベストなパフォーマンスにはどちらの要素も必要。体を磨きます。使いたいように使える、私が私に求めるパフォーマンスに応えられる肉体にしたい。

◾️自分の知識の引き出しを整理する

引き出しを増やしたい!とつい最近まで思っていましたが、圧倒的に引き出しが少ないかというとそんなことないかもしれない、と今考えています。問題は取り出したいものを思うように取り出せないこと。鍵がなかったり、ごちゃごちゃしていたり、絡み合っていたり、ピースが足りなかったり。これをまず整理しないといけないのでは?と思いはじめてきました。

整理してもしかしたら圧倒的に欠乏している要素が見えてきたりするかもしれないけど。

やるべきことは同じかなと思います。インプットを通して、新しい引き出しをつくるんじゃなくて、今引き出しに入っているものと関連づけて、系統立てて、ラベル貼りをする。

◾️言語化する

これまでも心がけてしてきたことかなとは思いますが、感受したものも学んだ知識したものも自分自身の考えも、きちんと咀嚼して言語化してアウトプットする。アウトプットしたものを何回も反芻する。これがさっき書いた、関連付け、系統立て、ラベル貼りの手法になるかなと思っています。

◾️体と思考、感情を分けて考える

切り離せないものだ、というのはもちろんある程度理解した上で、これは体の問題なのか、思考の問題なのか、どちらが引き起こしてるものなのか分析できるようにする。その上で、自分の感情と体や思考がお互いの邪魔をしないようにする。たとえば「悲しい」「腹がたつ」「さみしい」なんかの感情が体や思考に影響を及ばさないように、逆に体や思考が感情の抑制をしすぎないように。二重人格っぽいけど、感情の発生はそれはそれとして許容する。ちゃんと大切にする。でも体と思考は両輪きちんと回す。これはトレーニングがいるなあ。こんな簡単に言えた話じゃないと思う。でも意識的にやってみよう、トライしてみようかと。

 

ちょっと項目多すぎるけど。まずはこんな感じです。見直しながら進めてみます。

 

振袖姿の女の子を見て想いを馳せる

成人式、つまりは大学二回生の冬、青春のど真ん中だなあと思います。

毎日楽しい子もいれば、毎日苦しい子もいるだろうし、あくまで人それぞれとは思いますが。

私はあの頃自分が何者になっていくのか想像がついていなかったし、

想像をしようと思ったこともあまりありませんでした。

ただ目の前の、先輩が苦しんでいる就職活動をいつか私もするのだなあという憂鬱さとか、

業界とか面接とか考えるだけでも嫌だなあとか、そういうことには少し気を取られていましたが。

 

今あの頃と大きく変わっているのは、

少し歳をとって目の前のことにワクワクするってことが減ったこと。

これは少し残念なことではありますが、と同時に

「何年後にこうでありたい、こうなっていたい、それを自分の手で実現したい」

という思いでワクワクできるようになったことだと思っています。

 

去年の12月に30歳を迎えました。

28歳の頃に自分で音楽教室を立ち上げました。もちろんいろんな人の力をお借りしながら。

そして30歳になって新たにその教室を拡大し、自分たちの小さなスタジオを作りました。

講師だけでなく、歌うお仕事もさせていただいているし、制作のお仕事もいただいています。

まだまだ駆け出しですが。

 

更に過去にさかのぼりますが、中学生の頃、ご家族で経営されているカフェを見て

「私もカフェをやりたい!」と思った時期があります。

でも現実問題それは自分には難しいことだと思ったし、それはあくまで想像するだけの話だと考えていました。同時期に不登校になり、私は学校に通うという友人が平気でこなしている普通のこともろくにできない人間なんだなあ、と自分への自信を一気に失った時期でもありました。

自分に叶えられる「夢」なんてないような気がしていました。

 

でも今、気づけば夢の半ばと言えども、その時には夢にも思わなかった場所にやってきてるなあとふと思います。それも自分の足でやってきました。いろんな偶然はあれど。

振袖姿の私に言ったらびっくりするんじゃないでしょうか。

 

いろんなラッキー周りの皆さんやそして私自身にありがとうを言いつつも、

大事なのはいつもこれから。

私は今「こうでありたい、こうなりたい、それを自分の頭と体と行動で叶えたい」と思えています。

当たり前のことかもしれないけど、それが一番、本当に本当に、成長だなって思います。

 

ということで、

自分の頭と体と行動で叶えるにはどうしたらいいんだろう。

1月はそれを具体的にしてみようと思います。

これからたまにはブログ書くようにしますね笑

 

作品(楽曲)をつくるということについて考えてみた②

さてさて、前回の続きを書いていきます。

bellum-yukari.hatenablog.com

テーマ・コンセプトが定まり、さあまさに各々の作品をつくろうというとき。

どういう形でその作品づくりにとりくんでいくとスムーズなのかな?

鱧浪会の音楽展

 

blog.irimono.com

で聞き、見た、皆さんの作品の通して考えてみました。

今回はかなりつらつら書いてますので読みにくくてすいません。

参考楽曲を考える

楽曲制作を学びだした頃、学校の授業でやったのが「影響を受けたアーティスト」をあげてみる、ということでした。もちろんあげはじめるとキリがないんですが、そこから「参考楽曲」というものを定めていったのです。

「参考楽曲」とはなんぞや。その名の通り、楽曲制作の際に参考にする楽曲です。

実はこれ、実際に楽曲制作のお仕事をしていても、クライアント側から提示されることが多いです。「ミスチルの『しるし』みたいな感じで」的な事です。「リファレンス」とか言ったりもします。

今回の課題でもやはりみなさんある程度参考楽曲を定めていたんだな~と感じました。

例えば「サカナクション」っぽいイメージ、とか。この部分は平井堅、この部分は森山直太朗……とか。そこまで考えてなくても、なんとなく好きな曲のイメージが頭の中にあったり、とか。

そうそう、これが制作のスタートだと思うんですよね。

こんな曲つくってみたいな、から入る。(もちろん私にもあります)

なんにも浮かんでこないよ~という人はもしかしたら「参考楽曲」がないのかもしれない。

なにか一曲決めてみてもいいかもしれないですね。

分析して模倣する

みなさんきっと各々の方法で取り組んだはずなのですが、

参考楽曲が決まったら分析する。これも私自身学校の授業でやったことです。

たとえば、使われている楽器、スケール、コードやその進行、リズム、メロディーの特徴、楽曲の構成なんかを分析して「なぜこんな曲が作りたい、と思うのか」を考えてみる

「このコードの響きたまらん!」「ここのメロディーのこの感じが素敵!」とか。

で、そこからどんどん模倣をする。たとえば……、

好きなコード進行があったらそれを丸々もらってきて、別のメロディーを考えてみてもいいし。

メロディーの一部を頂いて別のメロディーにつなげてもいいし。

リズムだけ模倣をして別のコードをつけてもいいし。

パクリやん!と思う人もいるかもしれませんが、そらそのまま何も手を加えず発表なんかしたらえらいことですが、全く一部分も被らない世界で唯一の作品を最初から生み出すのはあまりにもハードルが高すぎるので、模倣を土台に自分の創作を進めるのが一番だと思います。

まずは真似しながら一曲おおまかにつくってみる。

これがオリジナル制作の近道じゃないかな?と改めて思いました。

 

作品づくりは、インプットとアウトプットの繰り返し

実は私の楽曲を発表した後、メンバーのサム君が「色々な本を読んだり映画を見てる」的な感じで私の事を褒めてくれて、ぼかあ激しく照れ倒し有難く思ったわけですが、それもあってやはり音楽のみならずインプットはすごく大事だなと改めて感じました。と同時に、このイベントを通してインプットはアウトプットがあってはじめて意味を成すんだな、とも。

ちなみに、今回「制作」ではなく課題の「活けられた一輪の花」というテーマに沿って既存楽曲の魅力だったりを説明する、という形で発表をされた方もいました。オリジナル曲の発表ではないですが、これもまた「参考楽曲を決めて、よく聞いて分析する」っていう行為なんだと思います。分析する、はインプット。そしてそれを言葉にして誰かに伝えることはアウトプット。

たとえば今回のように「この楽曲の歌詞のこういう部分が素晴らしい」というのを言葉にしたりなんなりしてアウトプットすることではじめて、自分が何をインプットできたのかが明瞭になるのかなと思います。

楽曲をつくったらどんな形でも誰かに聴いてもらう事もアウトプット。既存の作品をかみ砕いて自分の言葉で説明していったり、感想を書いたりしゃべったりもアウトプット。アウトプットからはじまるインプットもある気がします。

つまりなにが言いたいのかというと「作品づくり」って結局は「インプットとアウトプットの繰り返し」から形成されていくものなんじゃないかなあと。

インプットは比較的簡単にとりくめます。悲しい事になかなか気軽にとりくめないのがアウトプット。

そういう意味でこういう機会が重要なんだなあ。

発表して、発表を聞いて、コメントをして、コメントをもらう。インプットもアウトプットもきちんとある場。鱧浪会の「音楽展」とても素敵なイベントでした。

作品(楽曲)をつくるということについて考えてみた①

お久しぶりです。BELLUMこと尾花由佳理です。

一月にブログで目標やら野望やらを書いてから、一切更新していないこの体たらくですが、もっと気軽に文章をつづっていこうかなあとふと思いました。

楽家のブログというより、音楽を生業にしている尾花由佳理一個人のブログとしてもっと気軽に、色んなテーマで。

 

鱧浪会(アカペラサークル鱧浪会 - 鱧web)というサークルの合宿に一昨日から二日間お邪魔したのですが、そこで「生けられた一輪の花」をより魅力的に見てもらえるような音楽を考え、準備し、他の人に伝える、という試みがありました。

私自身も音楽を制作し、鱧浪会のみなさんの準備した音楽(既存曲の場合も有れば、詞、曲、編曲までされている場合もあり)も聴かせて頂いて、色んなプロセス・アプローチの仕方があるなあと思ったので自分なりにまとめてみます。

 

①とタイトルにつけていますがとりあえず「テーマ」と「コンセプト」について。

 

モチーフから更に一歩踏み込んだ「テーマ」を考えるには

今回の場合「生けられた一輪の花」はテーマというよりモチーフであって、そこから各々がテーマをもって作品をつくることになるわけです。個人的にはこれって歌ものには少ないケースでおもしろい試みだな、と思っています。

歌ものを考えるときって、これは私のイメージなんですが、

大きなテーマ(『大切な人にむけた歌』とか『片想いの歌』とか)から

さらに小さなテーマ(『お母さんのことを歌った歌にしよう』とか『片想いの切なさを歌おう』とか『いや、ドキドキわくわくを歌おう』とか)

に絞り込んでいくケースが多いんじゃないかな、と。

逆にインストのミュージシャンはよくMCで「近所に海が見える公園があって、その景色から着想を得ました」みたいな、モチーフから曲を構想するケースが多い気がしています。

だから最初は私自身もインストのイメージだけが膨らんで、なかなか歌ものにたどり着きませんでした。なんですが、私は普段どちらかというと、この手法が多いタイプです(インスト、劇伴好きやからかな?)

あるモチーフからテーマへ踏み込み方は人それぞれですが、今回鱧浪会のみなさんの音楽を聴いていると、パターンとして「物語を付与する、物語に関連付ける」というのが多かったかな。例えば生けられた一輪の花が出てくる物語を考える、という流れ。ある物語の一場面に花がでてきたり、生けられた花を主人公にしてみたり。

そのほかにあったのは「連想ゲーム」タイプ。「花」からはじまって、どんどん頭の中で枝を広げていき、最終的にちょっと別の視点の「テーマ」にたどりつくタイプ。たとえば花からはじまって、花瓶に着目して、その関係性からあるテーマにたどりついた、という人もいました。

私も「一輪の花」から「わざわざ一輪挿しに花を生けるって、どういうどんな花を生けるんだ?私は一輪だけ花屋で花を買うことはしないなあ、なら野の花を摘んでくるのか?あ、それって結構楽しそうだな。」みたいな妄想のスタートを切りました。

その他におもしろいなあと思ったのは「わざわざ地に生えている花を切り取って生ける行為、その一輪の花の美しさとはなんだ?」みたいな自問自答タイプもいらっしゃいました。少数ですが(笑)これ、めっちゃおもしろいなあ!と改めて思います。哲学者タイプというか。

ミュージシャンってエモーショナルで自分の感情に固執しがちで、主観が強いタイプが多いと勝手に思っています。(悪口ではないですよ)もちろんそうじゃないタイプもいますが、こういう一つの事象を掘り下げていくタイプのつくる音楽って異色で興味深いです。

テーマとコンセプトの繋がり

皆さんそれぞれのテーマにたどり着いて、そこから作品作りがはじまるわけですが、テーマとは別に「コンセプト」があるはず。テーマから「こういうコンセプトでつくろう!」という風に行きつく流れの場合がほとんどと思いますが、私の場合はあらかじめいくつかの「コンセプト」の引き出しがあり、「テーマ」と「コンセプト」をつなげていく、という場合が多いです。「カフェミュージック」とか「夜のラウンジでも聴けるような曲」とか、つくりたいコンセプト集がそもそもあって……というタイプ。

このコンセプトってテーマ以上に大事で、ミュージシャンによってはどの曲も一貫したテーマだけどコンセプトは違うよ、って場合もあるんじゃないかと思います。コンセプトが違えば、何曲つくってもどれも同じ!にはならないんじゃないかな。

音楽の場合「コンセプト」は「どういう環境で聴く音楽なのか?」っていうシチュエーションから生まれてくるパターンがあるかも。今回私の場合は「カフェで流れるような音楽にしよう」というコンセプトがありました。「夜のイメージ、夜に聴くイメージ」って人もいたかな?

コンセプトが「ジャンル」や「曲調」の人もいたと思います。おしゃれなテンションコードや転調をつかったシティポップをつくるぞ!みたいな人もいたし、切ないマイナー調の曲をつくりたかった、という人も。和風の雰囲気を出したいな、とか。

仕事で曲を作っている場合はターゲットとか、どういう気持ちで聴いてほしいか、みたいなパターンが多い気がします。「こども向けの曲」とか「カラオケで歌ってみたい!と思える曲」とか。

もちろんどの場合でもそこから更に深く掘り下げていくわけですが、このコンセプトの違いこそが最終的にその作品のわかりやすい個性に繋がるのかな。

 

ざざっとまとめてみると。

このテーマとコンセプト、ここがはっきりしていれば、今の時点で作曲の技術や知識が足りていないとしても、いい作品をつくっていく下地はばっちりあるんじゃないかな、と今回感じられたことが自分にとっては大きかったです。

技術や知識は時間はかかっても勉強すれば身に着けられるし、誰かに助けてもらうこともできる。ただテーマとコンセプトは自分でしか見つけ出せないものなので、いかにここに向き合えるかがクリエイターとしてのポテンシャル、もっと単純にその人のクリエイティビティなのかな~と改めて思いました。これは自分自身とてつもなく勉強になった事でした。。

 

さあ、果たして②にちゃんと続くのか?実際の音楽を制作していく、ということに触れていきたいな~。

2018年の尾花由佳理について<野望編>

こんばんは。BELLUMこと尾花由佳理です。

先日抱負について書きましたが、次は今年の野望に関して。

まだ構想中で語れないものもありますが。

 

2018年、尾花由佳理の野望

CREA MUSICをもっと濃く、にぎやかに

現在日曜日・月曜日にレッスンを行っているCREA MUSIC KAWACHINAGANOをメインに、さらに充実したレッスンサービスにしていきたいと思っています。

さらに多くの方にCREA MUSICを知っていただく

そのために河内長野CREA MUSICの紹介をできる機会をもっと増やしたいですし、気軽に門を叩きやすいようなイベント作り、システム作りを考えていきたいと思っています。生徒さんの数が増えてきていますので、レッスン枠の拡大も検討中です。

すこしずつ大きな規模の音楽教室にしていければと思います。

ライブ・交流会の実施

これはすでに5月に開催する予定で動き出しています。いわゆる発表会、のようなかたくるしいものではなく、おしゃべりしながら、お茶を飲みながら、はじめてステージに立つ人や、ステージに立つことにハードルを感じている人でも気軽に楽しめるイベントの開催を準備していますので、お楽しみに。

現代では音楽は一人でもできますが、つながりができるともっと楽しくなります。

音楽を通して交流が持てる、そういう楽しさも感じてもらえる場所にしていきたいと思っています。

音楽制作活動を充実させる

去年あまり力の入れられなかった音楽制作活動。今年はぶっ放してまいります。

年始から力の限りぶっ放してます。

数をこなせるようになる(スピード・ペースを保つ)/レベルアップに努める

技術自体を大幅にレベルアップさせたい……のはもちろんなんですが、それ以前に私はスピードとペースにむらがありすぎるので、そこを全力で改善していきたい。コンスタントに制作していく、苦手と思っていたことに改めてチャレンジする。

勉強の機会をしっかりと持ち、頭打ちにならないよう工夫する。

制作依頼の受け入れをするシステムを整える

アーティスト個人から、また一般の方からもお話をいただく機会が増えましたが、いまだ私の活動が謎なので頼みづらいとの声を聞きます。すいません笑

CREA MUSICをプラットフォームとしてご依頼を受け入れる体制を整えていきたいと思います。Webサイトをできるだけ早く整えること。これもToDoの一つです。

企画アルバムをつくる

去年のコラボ企画をはじめ、インスト楽曲などもコンセプトを決めてアルバムのような(配信になるかと思いますが)ものをつくりたいとも思っています。優先度はそこまで高くないですが、大事な野望の1つ。

地元・河内長野に根差した活動を大幅に増やす

河内長野は田舎です。私は河内長野で育ちましたが、「ミナミに出ないとなんにもない、河内長野ではなんにもできない」と思っていました。

が、去年河内長野で活動して河内長野はほかにない魅力があると改めて感じました。そして、その魅力をもっと広げたい、発信したいと活動されていらっしゃる方が多くいるようです。私も音楽を通して改めて何かできないかな、と思っています。

河内長野でのライブ活動

できる限り河内長野での演奏の機会を増やしていきたいと思います。まずは多くの方に尾花由佳理の存在を知っていただきたいし、音楽が必要であれば「尾花に声をかけてみよう!」と思っていただきたい。もちろん私も音楽は仕事なのでボランティアというわけにはいきませんが、できうる限り河内長野を楽しくするお手伝いをしたいと思っています。

現在お声がけいただいているお店やイベントには今年必ず出演させていただくつもりでおりますので、ぜひ多くの方にご覧いただけるよう頑張ります。

河内長野で活動されている方とつながる

もっともっと多くの、河内長野を盛り立てようとしている方とつながりを持ち、なにかしらの形でご協力ができればと思っています。そのために色々な場所に出向いていこうと思います。

河内長野をテーマにした作品が作れないかな?

これは妄想の段階ですが、企画アルバムの件とも重なります。インスト楽曲、歌ものに限らずなにか河内長野に関連付けたものが作れないかしら…と。ただ私が一人でぴよぴよっとつくったってなかなか大きな結果にはつながらないので、河内長野でなにか楽しいことをしたい!と思っている方がいれば、そういう方々と色々考えていきたい次第です。

 

さてさて、色々語りまくりましたが、まだ語りきってませんよ!!

いずれある資格の勉強もはじめたいと思っているのですが、今年は時間がとれないかなあ。もし一時期仕事をセーブしないといけないような時期が来たら、そのときにがんばってみるのが正解なのかも。

 

2018年やりたいことが多すぎて吐き気しそうですが、

がんばります!女29歳、30を迎えた時にアツい20代だったとのたまうべく。

今年もどうぞ尾花由佳理をよろしくお願いいたします。